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20080921 賢者の言葉・多和田葉子 『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』・「奥会津 言語移民の特権について」

   * [エクソフォニー -母語の外へ出る旅-] 多和田葉子



 『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』 多和田葉子 (岩波書店 2003)

「第一部 母語の外へ出る旅」 より、「奥会津 言語移民の特権について」引用

 日本列島は中心に向かっていくと山の襞の間隔がどんどん狭くなり、平らな土地が減っていって、と解説してくれる室井光広さんの説明を同行した出版社の人たちといっしょに聞きながら、わたしは初めて日本列島を皺のある生き物のように感じていた。この辺は言語学的に見ると抑揚の存在しない地帯で「橋」と「箸」と「端」の区別がないのです、と言う室井さんの作品では、そう言えば、「タンゴ」が急に「単語」に繋がり、「サンバ」が「産婆」になって意外な展開をしていくことを思い出した。これはRとLの区別が聞き取れない日本地方出身のわたしが Brucke (橋)という言葉の中に Lucke (空白)を発見し、更に、そこから発展させて、異文化間に橋を渡すことよりも空白を発見することの方が重要かもしれない、などという結論に勝手に達する思考方法と似ているのかもしれない。自分の育った発音体系の中では区別がなされない二つの単語(タンゴ)がくっついて踊り出す。そこに産婆(サンバ)が駆け付けて、新しいアイデアが産まれる。これは言語移民の特権であって、一見簡単そうに見えるが、一つの言語の内部に留まる者にはなかなか真似のできない芸だ。その芸が妬ましいので、そんなのは駄洒落に過ぎないさ、と負け惜しみを言う人もいる。

 生まれたときには誰でもあらゆる言語を聞き取り発音する能力が潜在的にあるのだと言われる。つまり、一つの母語を学ぶということは、その他のあらゆる可能性を殺すということになる。たとえば日本語だけ聞いて育つと、生まれて六ヶ月ですでにRとLを区別する能力を失ってしまうという実験結果さえ出ている。もちろん、それを後から改めて学び直すことは不可能ではないが、それほど簡単なことではない。逆にヨーロッパの言葉が母語だと、中国語などにある抑揚を聞く能力が一度は失われ、漢字のような映像を記憶する力がどんどん鈍ってしまう。

 生まれたばかりの子にあらゆる言語を話す能力が潜在的に具わっているというのは素晴らしい。しかし、あらゆる潜在能力を保っていたら一つも言葉がしゃべれない。だから、極端に言えば、たった一つを残して、残りの能力を取り敢えず全部破壊していくのが、母語の修得だということになる。ちょっともったいない気もする。大きくなってから外国語をやりたくなるのは、赤ん坊の頃の舌や唇の自由自在な動きが懐かしいからなのかもしれない。大人が毎日たくさんしゃべっていても絶対に舌のしない動き、舌の触れない場所などを探しながら、外国語の教科書をたどたどしく声を出して読んでいくのは、舌のダンスアートとして魅力的ではないか。柔軟に、あらゆる方向に、反り返り、伸び縮みし、叩き、息を吐く舌、一つも意味を形成できないままに自由を求めて踊りまくる舌、そんな舌へのあこがれがわたしの中に潜んでいる。でも、そんな舌を本当に持ってしまったら、もう誰にも理解してもらえないことになる。だから仕方なく半硬直した単言語人間の舌を取り敢えず装って、まわりと意味をやりとりしながら暮らしていく。しかし、その奥には自由な舌への衝動が隠されているのではないか。

 かつてハンブルクの大学で夏期日本語集中講座の手伝いをして日本語を教えていた時に、「髪の毛が長くなったので、病院に行きます」とある学生に言われて、思わず「え?!」と声を上げてしまった。髪の毛が伸びてしまうことがドイツでは一種の病気と見なされているわけではない。ドイツの学生には「病院」と「美容院」がほとんど同じように聞こえることにこの時、初めて気がついた。確かに違いは微妙だが、それでもわたしはこの二つの単語が似ているとさえ感じたことがなかった。一つの言語の内部にいる者には見えない類似はたくさんあるのだ。

 他にも似たような経験はいろいろある。日本語を勉強している学生が、作家の写真やサインを売っている店がハンブルクにもあると言うので、いくらドイツに文学ファンが少なからずいるといっても、そんな店は成り立たないだろうと言うと、その店はとても流行っていると言う。わたしは驚いたが、話しているうちに、彼が「作家」ではなく、「サッカー」のことを言っていることが分かった。サッカーの写真や選手のサインならもちろん売っているだろうし、買う人もいるだろう。「作家」と「サッカー」も、最後の母音が長いか短いかの違いしかない大変似通った単語だが、母音の長短が決定的な区別の基準になる日本語の内部に住んでいる人間には、似ているとさえ感じられない。それに、漢字やカタカナを思い浮かべながらしゃべっているので、この二つの単語はわたしたちにとっては清少納言風に言えば「近くて遠いもの」なのだ。最近はコンピューターの漢字変換ミスのおかげで、このような偶然の一致に気がつく機会も増えたが、普通に日本語をしゃべっているだけでは、なかなか気がつかない。

 室井さんは、日本語の中に外からしか見えないような繋がりを見出して、繋いで、紡いで、不思議な網を作っていく。それに加えて、方言にしかない表現またはその使い方を拾い上げて、作品の中に種のように蒔いて、育て上げていく。『そして考』の「そして」などもその例である。

 奥会津の畑はカリフォルニアの畑のように広大ではなかったが、風景の密度が濃かった。野菜も小さな土地にみっしりできていた。「英語で言うセミナーという語は、種という言葉と語源的に繋がっているようです。フィールドワークも畑仕事なんです」と室井さんに言われ、わたしたちはすぐに、なるほどと納得してしまう。室井さんは、シェイマス・ヒーニーのエッセイ集を佐藤亨さんとの共訳で出しているが、アイルランドがイギリスに対して持つ距離を創造のエネルギー源として活用する「アイルランド・モデル」と呼べるようなものがあるとしたら、会津も一種のアイルランド(アイズルランド?)なのかもしれない。

 この場合の「会津」は自分のルーツに回帰するという意味での「地方」とは違う。室井さんには、かつて図書館に勤めていた時期があり、仕事の合間にあらゆる文字体系を学習しようとしていたらしい。図書館という場所があって、そこを媒介にして、再発見された一つの地方があり、それが自分の育った言語環境だということなのだろう。その畑はフィールドワークをすれば耕され、実を結ぶ。フィールドワークをするのは詩の人類学者である。一度図書館へ行って、そこから畑に戻って来て、文字だけでなく、音や物や土や水を読む。自分のルーツがそこにあるから戻って来たのではなくて、面白い文化がそこにあるから戻って来たのだ。それは所属するための「ふるさと」ではなく、発掘し続けることのできる常に新しい土地なのだろう、とわたしは室井さんを見ていて思った。

 方言を掘り起こして言葉を見つけていく作業は、言葉の響きの分野にも及ぶ。東北の人は口が重いと言う人がよくいる。その「重い」というのは重くてなかなか動かないという意味かと思ったら、重さを振り子のように力にして、ぐんぐん語るという意味でもありえることに、一九七六年に録音された「土方巽舞踏譜」という土方巽の一人語りの録音テープを初めて聞いた時に気がついた。室井さんの話し方にもそういうところがある。話し始めたら、畳み込むようなリズムに乗って言葉がどんどん出てくる。しかも、延々と平板に続くのではなく、どっこりどっこりと下の層、上の層を掘り起こしながら進んでいくのである。



多和田葉子@Wikipedia

   20031129 劇的

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