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20081022 賢者の言葉・ヴィトルト・リプチンスキ 春日井晶子訳『ねじとねじ回し』・ねじ回しの再発見

   * [ねじとねじ回し-この千年で最高の発明をめぐる物語] c



 『ねじとねじ回し-この千年で最高の発明をめぐる物語』 ヴィトルト・リプチンスキ 春日井晶子訳 (早川書房 2003)」 、「第2章 ねじ回しの再発見」から引用
 ヘンリー・マーサーという男

 ヘンリー・チャップマン・マーサーは興味深い人物だ。一八五六年にペンシルバニア州バックス郡の中心地ドイルストンに生まれた。ハーバード大学のチャールズ・エリオット・ノートン教授のもとで歴史を学んだのち、大学院で法律を修めた。弁護士の資格を得たものの、いくらかの遺産が手に入ったおかげで、一〇年ばかりのあいだは気の向くままヨーロッパを旅してまわることができた。そのあいだに、主に芸術を鑑賞する心と昔の風俗や習慣などへの興味を養ったが、性病を移されて結婚を諦めることになった。帰国後はペンシルバニア大学付属博物館で米国考古学のキュレーターとなる。この時期のマーサーにはとくに目立ったところはなく、育ちの良いアマチュアといったところだ。カールした口ひげを生やした粋な若者といった写真が残っている。「好男子。由緒あるリッテンハウス・クラブの会員。収集家で旅行家。資産家」というのが、ある知人が彼を評した言葉だ。その後、マーサーらしさが際立ってくる。まず、考古学で独特の学説を唱えたのだ。それは過去を最大限に理解するためには、ある時代に至る経緯を調べるのではなく、現代から時間を遡って調べることが必要だという説だった。マーサーは大学の職を辞して故郷のドイルストンに戻り、アーリーアメリカン様式の道具の収集を始めた。
 古い工芸品に関心を抱いていた彼は、古くからある陶磁器を求めるようになった。ウィリアム・モリスのために働いていたタイル製造業者に会いに英国に行き、帰国するとモラヴィアン・ポタリー・アンド・タイル・ワークスという芸術的な陶器の製造所を設立した。つまり、英国で起こっていた工芸品流行の虜になっていたわけである。この時期の米国では、工芸をベースにした家具、金属細工、織物、陶磁器などの会社が多く創られたが、それは大量生産させる粗雑な製品と工業化への反発から生まれたものだ。手工芸品ビジネスで成功したモリスのように、マーサーも、芸術面ばかりでなく金銭的な成功を手にした。いわゆるマーサー。タイルが有名になり、フィラデルフィアや北東部の数多くの著名な建物を飾った。ボストンにあるイザベラ・スチュアート・ガードナーの広大な邸宅フェンウェイコート(現在のガードナー美術館)の魅力は、贅沢に使われたマーサー・タイルに負うところが大きい。
 一九〇七年におばからの遺産によって資産を増やしたマーサーは、自宅を建てた。フォントヒルという名の屋敷は、伝統的なコンセプトに基づいているものの、素材は革新的だった。セメントを用いて実験的な作品を作っていた、弟で彫刻家のウィリアムに後押しされ、主に鉄筋コンクリートを使って建てたからだ。翌年にはフランク・ロイド・ライトがイリノイ州オークパークにコンクリート建築のユニティ教会を建てることになるが、マーサーは自分で自宅を設計し、コンクリートという新しい素材を別な手法で利用した。その結果、流麗で彫刻のような趣のあるコンクリートの外観は、バルセロナの建築家アントニオ・ガウディの作品を思わせるものとなった。マーサー自身の監督下で建物が完成すると――四年がかりとなった――家の隣に陶器窯を作り、次いで膨大な数の道具や工芸品を納める博物館の建設にとりかかった。


マーサー博物館、「驚異の部屋」での発見

 ドイルストンは私の住むところからそう遠くないので、思い立って、マーサー博物館を訪ねることにした。博物館は町の真ん中にあった。灰色のコンクリートでできた七階建ての建物で、その上にタイル製の塔やとんがり屋根、欄干が載っている。まるでトランシルバニア山脈中のドラキュラの城でも移築したのかと思える姿だった。内部もまた奇抜で、天井まで吹く抜けの展示スペースの四囲の壁を、階段と回廊とが巡っている。この中央のスペースに、尋常ではない品々がところ狭しと詰め込まれているのだ。天井からは背の高い黒い椅子がぶら下がり、壁には熊手、柄の長い鍬、荷馬車の車輪が留めてある。宙に浮かぶ木の橇が揺れて、ニューベッドフォードから持ち込まれた捕鯨船の船体にぶつかりそうだ。床には馬車や荷馬車が並び、かつて煙草屋の店先に置かれていたインディアンの人形の横には巨大なリンゴ圧搾機があるという具合だ。
 ガイドブックによれば、この博物館には五万点の展示物があるという。展示ケースの中にねじ回しを探したが、マーサーの分類の仕方は独特で、シンプルなカテゴリー分けとは無縁だった。展示室は細かな部屋のように仕切られ、それぞれの仕切りがひとつの職業に関連する品々を展示する作業所のようになっているのだ。作業所の小窓から中をのぞけるのだが、その窓の仕切りも当然コンクリート製である。車大工の作業所には、車軸に穴を開けるための巨大な手斧があった。ばかでかい大木槌(コマンダー)がいたるところにあった。時計職人の作業所には、ごくごく小さな旋盤がいくつかあった興味深かったが、それらは、古代エジプトでドリルを回すのに使ったのと同じような弓仕掛けで動かすしくみなのだ。大工の作業所では、さまざまな曲がり柄錐や、床板を仕上げるのに使う十メートル五〇センチもあるかんなを見た。展示室にはあまりにも多くの道具があり、頭がくらくらするほどだった――いうなれば、十九世紀のものすごいガレージセールに居合わせた、というところか。ようやくねじ回しを見つけたのは、鉄砲鍛冶の作業所でのことだった。他のたいていの展示物と同様、分類ラベルはついていなかった。
 一二月のこの日、この洞穴のような寒い建物の中にいる見学者は私一人だった。博物館を後にする前に、付属の図書館に立ち寄った。この図書館はバックス郡歴史協会が運営している。マーサーが、完成した博物館を協会に寄付したからだ。長い机には数名の人が向かっている。ここは、建物の中で唯一暖房の効いた場所だ。私は体を暖めつつ、何か役に立ちそうな資料を探すことにした。分類カードをめくったが、ねじ回しの項目には二冊しかなく、どちらもすでに読んだものだった。マーサーの著作が何冊かあるほか、モクソンの著作などの、見慣れた本のリプリント版があった。
 分類カードをめくるうちに、一九世紀の英国シェフィールドの工具職人に関する本が目に入った。私家版のこの本――タイプで打ったページを綴じて分厚い革の表紙がつけてある――は比較的最近のものとはいえ、この図書館に来なければ見つけられなかっただろう。印刷部数はたったの七五〇部で、これはその一冊なのだ。中には、英国の工具職人向けカタログのページをリプリントした図もある。
 当時のシェフィールドは英国鉄鋼業の中心都市で、おそらく世界で最高の工具を作っていた。この本の著者のケネス・ロバーツによれば、シェフィールドで作られた工具の料金表で現存する最古のものは、一八二八年のものだそうだ。車軸を削る南京かんなや直角定規に混じって、あらゆる種類のねじ回しがそろっている。長さは七・五~三十五センチくらい、黒かメタル仕上げで、スコッチ型(全体に平らで刃が先細)とロンドン型(作りがより精巧で、刃の中心部が細くくびれている)の二種類があった。値段も、一ダースが四シリング六ペンスから二二シリングまでと幅広い。つまり、これは大量販売用の料金表というわけだ。もっとのちの時代の料金表には、ちょうど『百科全書』のもののような、平らな楕円形の柄がついたねじ回しの絵もついている。だが驚くべきは、そこに書かれている、ミシン用ターンスクリュー、家具用ターンスクリュー、小型モデル、紳士用装飾つきターン・スクリューといった名称だった。さらには曲がり柄で回すターン・スクリュー刃などというものもある。もはや間違いない、サラマンは正しかったのだ。辞書には載っていなくても、「ターンスクリュー」という言葉は、おそらく「スクリュードライバー」より以前から存在していたのだろう。
 ロバーツの本に掲載されているシェフィールドの工具カタログから、一八〇〇年代初めには、スクリュードライバーの需要に応えるために工場生産が行なわれていたことがわかる。それ以外の証拠からも、ねじ回しは十八世紀にはおそらくフランスで使われていたと考えられるのだ。「ターンスクリュー」はフランス語の言葉を直訳したもので、手持ちのフランス語辞典によれば、一七二三年には「トゥルヌヴィ」という言葉が使われている。よし、これでニューヨークタイムズにショートエッセイを書くだけの材料はそろった。とはいえ、ねじ回しの謎については、解けたとはとても言えないが。



   ねじ@Wikipedia

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