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20081112 賢者の言葉・新村出 『南蛮更紗』・「ふれふれ粉雪」

   * [南蛮更紗] 新村出



 『南蛮更紗』 新村出 (改造社 1924) より 、「ふれふれ粉雪」を引用
 中古の童謡に「ふれふれ粉雪」といふ一句だけ伝つてゐるのがあります。これは今から八百年ほど前に御在位になつた鳥羽天皇が当時の同様をお口ずさみになつたのを、御乳母の讃岐の典侍がその日記に書きのこしておいたのです。天皇はその時、六歳でいらつしやいました。御即位になつたのは前年の十二月一日でしたが、歳も明けて翌年の正月二日の朝、御乳母が御前に出たところに、雪がこんこん降つてゐたをりに、御幼年の鳥羽天皇は、あの童謡をおうたひになつて興がつておいでになりました。さすがの典侍も少し意表に感じたといふことですが、その話は讃岐典侍日記の下巻にかきとめてあります。昨年あたり澄宮様がかずかずの童謡をお作りになつてお示し下さつたことと思ひあはせて誠にゆかしく又うれしく覚え奉ることであります。日本の同様の歴史中でも、この上もない味はひのある逸話だと考へられます。この童謡は、それから二百五十年ばかりの後の兼好法師の時代にも、まだ京都辺では口にされたと見えまして、徒然草の百八十一段に、やはりそれの断片を載せてあります。そこには「ふれふれこゆき、たんぼのこゆき」としてあつて、「たまれ粉雪」というのを、「丹波のこゆき」と訛つたのであると解釈してあります。「垣や木のまたに」とある文句が、その後つくやうになつてゐますが、全体の童謡は録してありません。どうせ短い形であることは勿論です。どこかに今でも全形が多少の転訛はあつて遺つてゐはしないかと思ひます。俚謡集拾遺を見ますと、京都の童謡でかういふのが載つてをります。
  雪やこんこん、霰やこんこん、
    お寺の松の樹に、一つぱい積りこんこん
いくらか昔の文句の面影がかよつてはゐるやうです。関東でも以前これと同じ句調か文句のが聞けたとおぼえてゐます。私どもの小さいときには、「ゆきやこほり、おべたいこほり」とか何とかいつた言草をうたつた様な気がしますが、こんな童謡もだんだん影をかくしてしまひさうで、なつかしくてたまりません。

 夏ですからもう一つ雪の童謡を出します。やはり京都に、雪が降る日に空を仰ぎながら、児童が、
  雪ばな散るはな、空に虫が涌くはな、
    扇腰にさいて、きりきりと舞ひましよ。
とうたふさうです。俚謡拾集遺にさう録してありますが、「空に虫がわくはな」とは少し面白くない文句ですが、末句のひきしまりかたもよくつて、いかにも江戸時代の近世趣味がうかぶ心地がします。

 今度はうめあはせに熱い方の文句ですが、「京の京の大仏さんは、天日で焼アけてなア、三十三間堂が焼アけ残つた、アリヤドンドンドン、コリヤドンドンドン」といふ文句を京都の街の児がうたふのを聞きます。大へん調子のよい謡です。私たちのやうな歴史ずきには、慶長七年十二月の大仏殿炎上のことが想出されて、豊国祭りだの、大仏殿再建だのと、それかれそれへと追懐させられます。また時候のよい頃の夕がたに街の片わきや軒下などで一群の児供が寄り集まつて、その中でひとり鬼が眼をかくして背を向けてゐると、輪をなした群では、立ち場所をいろいろ変へながら、「でんこでんこ」と呼びかける鬼に対して「誰の次には誰が居る」と節をつけていふ。鬼が当てそこなふと「どつこいすべつて橋の下」と合唱するのが、東京から移住した私たちには非常に珍しく感じられて、しばしば立留つては耳をかたむかたものです。十数年来何だかすたれ気味になつたと思ひます。これは童謡とはいへませんが、残しておきたい遊びだと考へます。「こをとろことろ」の遊びにしろ、「ここはどこの細道ぢや」の文句にしろ、幼児自分たちが東京で遊んだり又聞いたりしたものであると、一層いひ知れぬなつかしみに絆されます。女の児たちが、「天神様の細みちぢや」「ちいっと通して下さんせ」などといふ掛けあひの文句は、今だに耳について、思浮べるとしみじみ昔がこひしくなります。

 夕がた、夏にしろ秋にしろ、澄みわたつた大空に星をやつと一つ見つけ出して、「一つほし見イつけた」とうたふ文句も詩的ないひぐさです。こんなのも今都会できけるでせうか。二十年ばかり前でしたが、駿河の海岸をある夏のたそがれ時に七八つぐらゐの男の児の手をひいて散歩してゐたとき、その児の即興か或はまた村の俚謡のはしくれか知れませんが、「一つ星が落ちたら、みんな星がおオちてしイまふ」という様な文句を、ちよつとした節奏をつけてその児が口吟したのを思出します。その時分、何かの雑誌にその文句を寄録しておいたのですが、今は思出せません。哲人か大詩人かの零語にでも出て来さうで、無上にうれしかつたことを記憶してゐます。ほんとに宇宙(コスモス)の真諦をいひあらはしたやうな気がしました。

 この六月、私どもも選定に参与しましたが、雑誌「オヒサマ」で募集されて入選した小児の童謡に、
  工場のけむりは
  くろいけむり、
  お湯屋のけむりは
  しろいけむり、
  どこまでゆくの、
  いつしよにお行き。
といふのがありました。いかにも現代的都会たる大阪の気分をただよはせた上乗の作品だと思ひました。単純な構造で、技巧も極大まかで、而も幽幻な情趣が味はれます。全く都会的現代的であつて、見る人の方ほ考へを以て解すると、労働者の生活も思浮べられさうですし、最後の一句の如きも、児童らしい親しみをあらはすと共に社会的の協調を暗示するやうな含蓄に富んだ佳作と信じます。また古典趣味の私たちには、土地が浪華だけに「高きやに」の古歌をも想起させずにはおきません。現代的な詩では、ヴエルハアレンの「都会」の詩の或る一二句を偲ばせませ。それからブラング井ンのエツチングにも私の想像は馳せてゆきます。これの連想は私だけの勝手な感じであつて作そのものの評価としては過ぎてゐませうし、買ひかぶりでも力負けでもありませうが、少くとも児童の童謡としては、自然であつて技巧を超越した点に於て特筆する価値はあらうと信じます。 (大正十一年九月)



   新村出@Wikipedia

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