« 20091025 賢者の言葉・山本夏彦・『日常茶飯事』より | トップページ | いかす 「回文」 しよよしんぶいかすかい 2009年度 »

20091031 賢者の言葉・鶴見俊輔・『悼詞』(と『徒然草』)より

   * [悼詞] 鶴見俊輔

   * [徒然草 (ワイド版 岩波文庫]



  「須田剋太 (すだ こくた 画家 1906-90)――鉢の木」 鶴見俊輔 『悼詞』 (編集グループSURE 2008年)より引用
 小学校の読本で「鉢の木」のすじがきをおぼえた。その話が自分の中によみがえってきたのは、近ごろのことだ。
 この話の主人公は佐野常世だと思っていた。領地を追われた彼は、尾羽打ちからして、人里はなれたところに身をひそめている。そこに北条時頼(前の執権)が旅僧の形でたずねて来て、雪にふられて困っているので一夜の宿をとたのむ。主人は、彼をとめて、あばら家で寒いからと言って、秘蔵の盆栽をたいて、物語りする。
 今はこのようにおちぶれているが、いざ鎌倉というときには、やせ馬に槍をたずさえてうちのり、出陣するつもりだという。
 時頼はひろく天下を見てまわったあとで、鎌倉にもどり、諸国の武士に集合の命をくだす。かねての言葉どおりかけつけた佐野常世に、雪の夜のもてなしを感謝し、不当な裁判の故にうばわれた領土を彼にもどす。
 私の中に六十年あまりのこっていたこのあらすじでは、佐野常世が主人公である、ところが、このごろになって河村能楽堂で見た能では、こんなあばら家ではと言って宿をことわるのは主人の佐野常世であり、雪がふってくるのを見て、おとめしたほうがいいと主人に説くのは妻である。その言葉をいれて、主人は旅僧を追いかけ、ともなってもどる。部屋をあたたかくし、かゆでもてなすうちに、主人が、訴訟の次第にふれ、しかしいざ鎌倉のときには、と語るのを、じっとききいる妻の面に、表情の変化がうつり、この劇の主人公は、この妻であると感じた。こどものときに出合った物語が、自分の中に、姿をかえてゆく。
 「鉢の木」は、もう一度、私に生きてかえってきたことがある。飯沼二郎氏と私とが出していた雑誌「朝鮮人」に毎号表紙を無料でいただいていた須田剋太氏を私は夏に会食にさそっていた。
 その最後になった年に、八十をこえた須田さんは誰もつれずにふらりとあらわれた。今日は映画を見たかえりということだった。夕食を終わり、ひとりでかえってもらうのは不安なので、私は同行した。西宮にある須田さんのお宅についたのは夜半すこし前だったが、ここまできたのだからあがっていってくださいよ、と須田さんは言い、すでに寝ている夫人をおこすでもなく、おてつだいをおこすでもなく、二階に案内して、自分の寝室の前のベランダにおいてあるヒノキづくりの臼二つをあわせた上で、さかだちをして見せた。それが健康法ということだった。それから、下におりて、二つおいてある自作のオブジェ二つから、一つをえらんでもっていってくれと言う。お茶一杯出すこともない。それが須田さんの鉢の木だと思った。須田さんに会う最後の機会だった。



 『徒然草』 「第二百十五段」  『新訂 徒然草』 西尾実・安良岡康作校注(岩波文庫)より引用
 平宣時朝臣、老の後、昔語に「最明寺入道、或宵の間に呼ばるゝ事ありしに、『やがて』と申しながら、直垂のなくてとかくせしほどに、また、使来りて、『直垂などの候はぬにや。夜なれば、異様なりとも、疾く』とありしかば、萎えたる直垂、うちうちのまゝにて罷りたりしに、銚子に土器取り添へて持て出でて、『この酒を独りたうべんがさうざうしければ、申しつるなり。肴こそなけれ、人は静まりぬらん、さりぬべき物やあると、いづくまでも求め給へ』とありしかば、紙燭さして、隈々を求めし程に、台所の棚に、小土器に味噌の少し附きたるを見出でて、『これぞ求め得て候ふ』と申ししかば、『事足りなん』とて、心よく数献に及びて、興に入られ侍りき。その世には、かくこそ侍りしか」と申されき。



   鶴見俊輔@Wikipedia

   須田剋太@Wikipedia

   北条時頼 = 最明寺入道 @Wikipedia

|

« 20091025 賢者の言葉・山本夏彦・『日常茶飯事』より | トップページ | いかす 「回文」 しよよしんぶいかすかい 2009年度 »

04 賢者の言葉」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/6458/46630927

この記事へのトラックバック一覧です: 20091031 賢者の言葉・鶴見俊輔・『悼詞』(と『徒然草』)より:

« 20091025 賢者の言葉・山本夏彦・『日常茶飯事』より | トップページ | いかす 「回文」 しよよしんぶいかすかい 2009年度 »