大丈夫日記 札幌・「皇国史観」只管~愛に立つ者はなおかつ信頼してやまない・20100802-08
20100808 「皇国史観」只管
* 中沢新一 『僕の叔父さん 網野善彦』 集英社新書
午前 外伝/午後 M19書庫 文庫ハードカバー化2・布裏打ち5/夜 札幌駅まで徒歩 「ヨドバシカメラ」 携帯電話電池パック貰い受け 汎世界的最新テクノロジー満載の電子機器と対照的に、店内の混沌無秩序はアジア的か 皆妖怪かなにかに取り付かれているようにも見える こちらが『ゲゲゲの女房』の見過ぎなのかも にしてもすごい音の洪水 きつい 紀伊國屋書店チラ見 地下鉄札幌駅(ホームで「のどうたの会」ぽんちゃん姉妹に偶然ばったり会う)から地下鉄自衛隊前(その駅止まりの列車だった) 徒歩で自宅 中沢新一『僕の叔父さん 網野善彦』集英社新書、再読 「飛礫」に出会う辺りから 「第二章 アジールの側に立つ歴史学」は冒頭に、意外や、平泉澄
が登場 その著作を一つの軸に話が展開していく 中沢氏は「皇国史観の大立者」と平泉を紹介しているが、どうもこの「皇国史観」がよくわからない 例えば、皇国史観者たちが本当にその史観を打立てることに只管していたのか、あるいはその批判勢力が後世「史観者」を十把一絡で都合よく括るための通称としたのか
20100807 世界のサッポロの小世界

午前 データ作業 11時M19書庫に向う 五輪大橋から真駒内公園内徒歩、地下鉄真駒内駅からドニチカキップ/午後 先週に引続き、18丁目の自家製麺讃岐うどん屋で昼食 薄暗く縦長に続く店中を通り過ぎ、最奥の屋外席へ 庭とも呼べない庭に、露地の草花と手のかかっていない鉢植えが木棚に十数鉢、風が多少通っている あいにくの満席、セルフ形式なので手にお盆を持ちながら様子見していると、「相席どうぞ」とお子さん連れのご夫人に声を掛けられる お言葉に甘え、同席する 向かいに座るその人、とても魅力的だった 服装はカジュアルなもの 単体で見れば相当に不思議な形と色合いの帽子を目立つことなく自然にかぶり、長袖パーカの袖をまくった左手首にはエスニック風のブレスレットが三連、大振りのピアス 店の前で店のおじいちゃんが下着のTシャツと短パンで涼んでいるような町のうどん屋さんにいらしてなんの違和感もない だけど、それは気の抜けた無造作なものではなく、全体として趣味の良さをうかがわせるもの こちらもお食事の邪魔にならないよう、視線を固定させることなく、あちこち中庭を眺める目線のはしばしにそこまで観察する 小学校低学年と思しき利発そうな娘さん(彼女とはときどき目が合ってしまった)との会話も自然耳に入る 「雲が速いわねえ」などと 店の裏庭を、夏期限定で開放しているらしいその場所は、表通りからはまったく見えない 平屋のうどん屋よりは高い、周囲に立つ雑然とした建物で、頭上の空はとりとめのない矩形の重なりに小さく切りとられている その上空を、すでに立秋、夏の雲が風に乗って逃げ去っていく 周りの席の人々もほぼ、当然この空間の存在とその心地よさとを知って入って来ている常連さんたちだろう、まったく力の抜けた感じで盛夏に相対している うどんをすすりながら、田原は温素うどんトッピングに鶏モモ肉衣揚げとお握り、ふと一瞬ここは札幌だったっけと感じる こなれた世界都市のこなれた都市空間というものは間違いなくあって、そんな場所にいるとき、我々はコスモポリタンとして、都市の自由と豊かさと開放感を享受しているのではないか 実は、札幌にいて、そんな気分を味わうことはほとんどない それなりの資本が投下された巨大商業施設にいても、お洒落を自認する人たちがその自慢の感性を活かしたとおぼしきお洒落な場所にいても、札幌という一ローカル都市、人口規模でいくと巨大都市と呼んでさしつかえない、の内にしかいないという感触だけが残ることが大半と言っていい 札幌のこのうどん屋のこの空間は、東京にあっても京都・大阪にあっても、ソウル・ローマ・ニューヨークにあっても、なんの違和感もない そのどこにあっても、人が入って繁昌するだろう 眼前の自然なお洒落な親子のような家族連れが、普通に気軽で安い昼食を食べにくることだろう そして上空を見上げ、観天望気したりするのである この空間がそうであるように、眼前の母子も、そのまま上の都市群に住む親子であっても、なんの違和感もない 身につけているのは、都市の洗練なのだから、それはどこの都市に行っても通用する そしてそういう人種が普通に生活を続けていくことで、都市もまた成熟していく 先に席についていた母子連れより、こちらのほうが早く食事を終えてしまった 結局一度も目の合うこともなく、おそらくは今後ふたたび会うこともないだろうご夫人に、たち際、肩越しに「どーも」と声をかけると、「いいえー」というさっぱりとしたお返事 自然の中にいるとき、都市の中での美しい思い出は、自然の美しさを際立たせる 逆もまた真なり M19書庫 文庫本ハードカバー化2冊と布裏打ち6枚 本修繕のための糸継ぎを、先日購入した糸鋸を使って、試してみる 蒸して暑い 窓の外を救急車が小一時間ごとに通る 熱中症? 激しい雨/夜 地下鉄西18丁目駅から真駒内駅 徒歩で帰宅 外伝 平成読書
20100806 「難儀」かつ「ケッタイ」

午前 外伝 南郵便局・北洋銀行/午後 通常業務 札幌含め、北海道各所でこの夏一番の暑さ/夜 南郵便局・M19書庫・長女迎え(最終日) 『高群逸枝』読了 逸枝は、憲三以外の周囲の人間にとっては、関西弁で大雑把に言えば、「難儀」で「ケッタイ」な女だったんでは
「 明らかに逸枝は、後援の結果要求される(と彼女の感じる)「服従」と「奉仕」・・・・・・被支配の立場に反感をもち、自分は「若い時から そういう俗哲学と戦ってきた」という。支配しえない場合、相手は判でおしたように「敵意」をもち、「周囲の幇間たちをまきこんで迫ってくるが、こちらはそういう敵意に対して、愛をもって対立する、けっきょく敵意は愛には勝たぬ。負ける」(52、7、21)。この態度には、彼女の性格の特色がよくあらわれている。守屋東、生田長江、下中弥三郎逸枝自身がそれを自覚し徹底的に向き合い、自分の女性性・現世の女性性と歴史上の女性性、突き詰めに突き詰め学問的成果に高めた 今現在の評価はどんなものかとWEB検索するも焦点結ばず 誰の手にも余るのか 某サイトに「大東亜戦争の狂信的な賛美者としての顔」という一文 これは違和感を感じる 『高群逸枝』を読む限りではそんな「顔」は見えなかった 逸枝の複雑さを分り易いように誤読して分りやすく形容しただけなのでは 評価とも呼べない感 「難儀」「ケッタイ」なものには、その本質を見損なわないように、見失わないように・根気強く付き合っていくしかない そう逸枝がそうしたように等の場合もそうであるように、彼女はいかに恩のある相手であっても、いささかでも自分を軽んじたり、誤った(と彼女の思う)見解や主張を表明することを見逃さなかった。どこまでも徹底的に追求するのを常とした。若き日の憲三にたいする厳しい批判も、その例外でなない。」323ページ
20100805 サボテン、サボっててん

午前 長野県M市美術館に在庫リストFAX 外伝 TVで『流星の絆』素晴しい 『高群逸枝』
読書
「しかしなぜ彼女はこれほど徹底的でありえたのか。彼女の辛苦にみちたながい旅路を知る私達にとっては、その解答はもはや与えられたも同然である。女の屈従を定理とする男達の通念への、それは全生命をかけての挑戦であった。それだけに彼女の文章のはしばしにまで、不条理にも貶められた女の意識がみなぎっている。その意識を動かない核として、この世の観念体系を根柢的に転回させようとしたわけである。/午後 通常業務 狭い仕事部屋の中に長らく積まれてきた未登録書の山も、ここにきて大分整理・低地化されてきた 冬場どこの壁に結露が出るかもわかってきたので、夏の今からその本を置けない場所に空地を作り、観葉植物でも置こうかと考える ふと、その前に、放置したままのサボテンの鉢植えがあったことを思い出す 見渡して、書類整理棚の上に発見 江別市は大麻で買ってからもう十年にもなるか、ほとんどまったく放置していたのに、まだ健気にも命脈を保っているらしい ほこりを払い、土を追加して盛り、水を与え、窓辺に置く 自分がサボテンなら、突然の待遇に戸惑うことだろう 「なにサボっててん!」とついついオヤヂギャグを飛ばしてしまうサボテン/夜 南郵便局・M19書庫・長女迎え/北海道なりの猛暑 蝦夷真夏 ひと月後には 山頂に 初雪の便り サボテンに告ぐ
『源氏物語』を読んだ人は、もとより少なしとしない。けれども逸枝以前にはだれも「娘があれば、かならず娘が本第を承ける」という、この『物語』の随所にでてくるはずの「事実の異様さに」眼を向け、つきつめて考えようとはしなかった。偏見とは、なんとみえなくさせるものであるか。そういう固定観念から自由の位置に立った逸枝にしてはじめて、「源氏の正妻葵上は、三条の左大臣の娘として、三条亭にいる。夕霧という息子も生れる。ところで、左大臣には頭中将以下おおくの息子がいるが、これらの息子は、みな三条亭を離れ、他家に婿取られ、生涯三条亭へは帰らない。三条亭には父母と葵上のみが、所生の夕霧を擁してとどまる。葵上が死ぬと、三条亭は夕霧が伝領する」という物語上の事実の意味をとらえた。その一事だけでも『招婿婚』は、日本女性史上無二の書というべきだと、私は考える。」
20100804 新単位「一礼服=四半世紀=25年」

午前 外伝 『高群逸枝』読書 戦争終結まで 夏休み中の娘たちはTVドラマ再放送視聴 ここ数日は11時前後に、仕事場からの移動時にチラ見するだに、「変」なドラマ 新聞テレビ欄によれば、『流星の絆
』 WEB検索で、脚本宮藤官九郎・原作東野圭吾、と むべなるかな 明日から子供といっしょに見なきゃ/午後 通常業務 仕事から帰宅した妻に礼服買替えを強要される 今月11日利尻島の実家で、祖父母・父の合同十三回忌法要があり、それを機に、と 確かに今ある分は、1985年のちょうど今頃買った、はなはだチンチクリンの一着ではあるが 本人が我慢すればいいだけの話で、お金が勿体ないとこちらは思うのだが 説得され、夕刻妻と近所の紳士服店へ 四半世紀ぶりに礼服を買う 25年前のそれは、E女の葬儀に参列するために買った 四半世紀、長いか短いか/夜 南郵便局・M19書庫・長女迎え/礼服を 買うや買わずや 行く夏に 逝ける人ども 浮かび消え往く
20100803 「高群逸枝=神蔵美子」説

午前 『高群逸枝』読書 逸枝の生涯の前期(後期は「引きこもり」的に女性歴史家として生活していく)、疾風怒濤の時代が描かれた部分から後期の始まり辺り 118頁有島武郎への痛烈な批判 135頁:
「論理的、と世にいうところの大方は、既成の論理を事実の上にあてはめる操作にすぎない。まず、論理がある。この後、逸枝と鋭く対立することになるボル陣営の論理は、その典型ともいえる。逸枝の論理はまったく逆の行程によってかたちづくられる。個の体験、個の事実といった、極小の一点を足がかりとして、天与の直感力に援けられながら、"自前の論理"を組みたてつつ全体像へと到達する、それは毎回、新しい創造の過程である。そして彼女独自のこの方法は、詩や評論を書いた初期の頃から、晩年の歴史家時代に至るまで、少しも変ることがなかった。」神蔵美子『たまもの』を読んでいるときの気分に近いものを感じている 149頁:「「貞操は宿命である」と、逸枝はここでふたたびそれを恋愛の王座にすえる。(中略)ここにいう「貞操」とは、恋愛上の選択意識の純粋性・自律性をさし、城内以前のそれとは質的転換をとげている。逸枝はいう。男も女も本来自然の貞操をもつもので、原始社会の女は雌猫同様、観念や自覚なしに立派な貞操をもっていたが、人為的結婚制によってそれを失い、「空虚な『性』の持主になつ」た。だが制度を撤廃すれば本性は蘇える、とする。(中略)そしてこの問題については、以後二度と逸枝はたじろがなかった。(中略)自分自身の生きかたに照らして、貞操の存在しない"性"は、彼女には容認しえなかったのである。」やっぱり神蔵美子だ ハシケン=橋本憲三も過激だ 185頁:「そして退社とともに、家事担当者兼逸枝のプロデューサーとしての憲三の生活が、全面的にはじまってゆく。退社の際、彼は必死で職をさがしたらしいが、それはなかった。そこで憲三は「二人会議」をひらいて、「彼女は今後一切炊事家事に関与してはならない」と、強引にとりきめた。「二人会議の議長は私ですから、2票あるわけです(同数のときの裁決とも)から、自分で提議し、自分で議決しました」。「了解はなく、押しつけのみがあったのですが、二人に愛があれば、押しつけも押しつけばかりにはならなかったのです」(『通信』)。それでも逸枝は、分業主義には反対で、憲三の留守をみはからっては雑巾がけや庭はきをし、夜はいつも翌日の米をといだというが、その後の二人の生涯をつうじての型はここできまった。さらに彼は、逸枝に代って資料を求めて古書店へ赴き図書館へ通い、彼女の書きぬいたノートを整理した。二人の筆蹟はかなり似ているが、『同祖表 上巻皇別氏』や『年表 日本女性史』など、今日のこっているぶ厚い表のたぐいは、憲三の筆蹟になるものと思われる。そのうえ彼は、逸枝の著述の最初の読者となり批評者となった。その点で憲三は稀有の男性であった。かれは身をもって、しかも一人二票行使という"勝手な"論理をさえもちいて、家父長権の破壊につきすすんだ。その意味で私も彼を、日本男性史における(もしそういうものが書かれるとすれば)、新しい男(いわゆる新しい女にたいして)と位置づけたい。そして、彼等の一九二〇年代をくぐりぬけることによって樹立されるこの夫婦関係は、やがて逸枝が克明に論証することになる古代日本の姫彦制に、奇しくも酷似していたのである。」高群逸枝がその一途さにおいて神蔵美子的であるように、橋本憲三はその柔軟さにおいて渋沢敬三的であるように思われる ちなみにハシケンとケイゾウは一歳違い、1890年代半ば生まれ、明治時代も半ばを過ぎ、明治的ならざる男子が登場してきたものか 長野県松本市美術館より、美術関係雑誌の在庫確認FAX/午後 通常業務 ホーマック西岡店で梱包材等購入/夜 M19書庫・長女迎え・南郵便局・手製本制作に向けて写真整理・NHK「爆問学問」
20100802 愛に立つ者はなおかつ信頼してやまない

午前 外伝 『高群逸枝』読書 「挑戦出発」という言葉が印象的 熟考の末の無謀、真摯なゆえの勇猛果敢 突然の独身女性一人遍路旅もその表出か 富山の米騒動勃発が、その遍路旅初め頃と、時期が重なる 新しい時代の女性たちの同期? 生涯の公私共々のパートナー橋本憲三(との関係性)が面白い 双方物凄く知的でありつつ、直感的に共々最良の一本道を見出していく 同行二人逸枝と憲三 著者鹿野政直・堀場清子両氏同じなのかも 姉さん女房の夫婦で、どこまでがどちらの仕事か特定できないくらい一体化してて その103-104頁:
「だが、一体化をとげたとする憲三の、過去の部分についてさえ不問としないところに、じつは彼女の愛の哲学があった。「愛に立つ者はなおかつ信頼してやまないが、理性に立つ者は見切りをつけあきらめるのである。そして、あきらめるということは、前者をしていわせれば、人間蔑視の一形態にほかならない」と、昭和三十七年六月二十七日の『老女性史家の日記』に書いている。」/午後 通常業務 途中古書組合H氏より電話 事業部会計事務での修正点のご指摘 急ぎ事後対策 勉強になりました/夜 M19書庫から北海道庁近く某所 午後八時、上の娘の夏期講習のお迎え ある高校のデザイン系学部を目指し、短期集中鉛筆デッサン講座を今週いっぱい受講/それぞれの 道をそれぞれ 行くばかり 辿れば道の 一本となり
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