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20100803 賢者の言葉・関山和夫『説教の歴史』・「埋もれた芸能」より

     * また又「日本の放浪芸」



  「埋もれた芸能 節談説教の衰退」 関山和夫 『説教の歴史 仏教と話芸』 (岩波新書 1978)より引用

 「伝統につながることなしには絶対に存在し得ない既成教団が、布教法だけ伝統確認をしないのが私には不思議に思われる。伝統的なものを改良しよう、改革しようということは、説教に限らずあらゆる面で明治以後の日本人にいわれたことであった。浄瑠璃・歌舞伎・邦楽などの世界でもすでに明治のころに改良運動があった。その後、紆余曲折を経て今日に至ったが、太平洋戦争後、伝統芸術再検討の声があがり、大勢の人々の手で伝統再確認の仕事がなされ、現在では伝統継承の上に立つ新文化の創造という大きな目標のもとに進展しつつある。ところが、仏教界の動きはそれらに比してひどく遅れをとっている。特に気になるのは布教界の動きだ。現代の日本仏教界の動静を宗教新聞などで見ると、いかにも布教が活発のように見えるが、演説説教における伝統再検討の仕事が十分に行われているとはいえないふしがある。」(197-198ページ)

 「仏教における情念の復権は、現代仏教界の重要な課題ではなかろうか。昭和四十八年八月四日に金沢市の東別院で「節談説教を聴く会」(司会=小沢昭一、解説=関山和夫、説教実演=寺本明観、川岸不退、広陵兼純)が開かれた時は、猛暑の中を満堂の聴衆がつめかけ、能登節や加賀節の懐かしさに聴衆はうっとりしたようであった。この時に聴衆の一人として参加された国文学者の藤本徳明氏は「節談説教の衰退は、同時に、それを否認したところの、宗門自体の衰退」とし、「低俗な大衆の支持を失うとき、組織体は、いかに高度な知識人を多く擁していようとも、衰弱の運命を免れない。宗教や、政治や、その他もろもろの文化現象において、この法則は貫かれている」(昭和四十八年八月二十九日付「北国新聞」)と、情念の説教の必要性を鋭い感覚と学的根拠をもって述べられた。傾聴すべき発言であった。」(201ページ)

 「苦悩に満ちた人間社会の中にあって、信仰や祈念を背景に、人々の希求する条件のすべてを満たすために幾多の説教者は身を投じた。説教は悲嘆慟哭、憤怒勇猛のあらゆる陰翳を伴いながら、無限の世界からおのずから湧き出る、人間の生命の根源であった。教団発展のためにも最大の力を注いだ説教者たちは、命がけで全国を歩いて布教に専念し、長い歴史を通じて底辺の庶民たちから渇迎された。そして、すでに述べたように、各時代を通じてさまざまな形態をもちながらも一貫してそれぞれの時代に適応した文化を創造することができた。説教と平曲・浄瑠璃・祭文・落語・講談・浪曲などとの強い絆がそれを立証している。今後は、節談説教にかわって仏教界の何が日本の新しい文化を創造するのであろうか。」(205ページ)




   * 小沢昭一『日本の放浪芸 オリジナル版』 岩波現代文庫


   * 谷口幸璽著 関山和夫監修 『「節談」はよみがえる―やはり説教は七五調』 白馬社

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