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大丈夫日記 札幌・書物は動的なものになっていく~それぞれの「僕らはみんな生きている」・20100816-22

20100822 書物は動的なものになっていく
  
   * 前田速夫・前田憲二・川上隆志 『渡来の原郷 白山・巫女・秦氏の謎を追って』 現代書館


午前 NHK-ETV「日曜美術館」「そして不思議な形だけが残った 世紀の陶芸家 ハンス・コパー」 天才にも二種類あって、それは汎用性の高いのと低いの、などと不埒な考え コパーさんは後者かと(もちろんどちらがいい悪いでは全然ない) なぜ作るのかを突き詰め、プリミティブアートやアウトサイダーアートの良質作品と同じ境地に達したのでは 外伝/午後 M19書庫 S・I氏との作業続く 徒歩帰宅/夜 前田速夫『異界歴程』読了 谷川健一氏と著者前田氏の巻末ツーショット写真、お二人の背の高さがなんだかつりあいがとれない 342頁に縄文人の平均身長一五四センチと書いたあと、「(現代人であるはずの私が、それより低いのはなぜだ!)」とあって納得 本日北海道新聞日曜読書欄に新刊『渡来の原郷 白山・巫女・秦氏の謎を追って』紹介記事 意欲的に異界の『路上』を行く前田氏に注目 書物は、静的なものではなく、動的なものになっていく 生モノで複合体の
「 異界という「非・場」

 ドゥルーズとガタリが『カフカ マイナー文学のために』で、カフカがプラハに生を享けたユダヤ人で、祖先から伝わるヘブライ語でも、また現地のチェコ語でもなく、ドイツ語というメジャーな言語で執筆したことに着目し、そこに彼の文学の本質を見たことは、良く知られている。すなわち、マイナー文学とは、「マイナーな言語による文学ではなく、少数民族が広く使われている言語を用いて創造する文学」であって、その特徴の第一は「言語があらゆる仕方で非領域の強力な要因の影響を受けている」点にあり、第二は「すべてが政治的だということ」であり、第三は「すべてが集団的な価値を持っている」ということである。「そしてもしも作家が彼のもろい共同体の周辺にいたり、あるいはそこから離れているならば、このような状況によって彼はそれだけ一層よく、潜在的な別の共同体を表現し、別の意識の手段、別の感受性の手段を作り出すようになる」(宇波彰・岩田行一訳)。

 つまり、カフカの孤独は、「現代の歴史を横切るすべてのものに対して彼を開いている。Kという文字は、もはや語り手も登場人物も指示するものではなく、ひとりの個人がその孤独につながれていればいるほど、一層機械状になる鎖列、一層集団的になる代理人を言い表す」。ジョイスは「充満と多元決定によって進行することをやめず、あらゆる世界的な領土回復を行う。」ベケットは「涸渇と冷静、自ら望んだ貧しさによって進行し、非領域化をもはや強度しか残らないところまで押し進める」。

 今日、自分たちのものではない言語で生活している人たちは大勢いる。これは在日外国人の問題であるのみならず、国際社会のなかで「日本語」という閉じこめられた言語を使用せざるをえない私たち日本人の問題でもある。どのようにして、自分自身の言語の遊牧民・移民・ジプシーになるか。それは、「ゆりかごから子供をさらい、ぴんと張った綱の上で踊ることによって」と、カフカは述べた。

 (中略)

 イスラム学者の井筒俊彦は「デリダのなかの『ユダヤ人』」で、デリダ自身の次のような発言を引用している。「私はユダヤ人として生れましたけれど、しかし、ユダヤ的伝統が私の仕事、私の思案、の場であるということなないのです。ですから、私の思惟にユダヤ的次元なるものがあって、それが時々、私のなかで、あるいは私を通して、語り出すということはあったかも知れませんが、それがユダヤ文化への忠誠ないし負目という形を取ることだけは絶対にありませんでした。要するに、哲学的問いかけの私の言述(ディスクール)の究極の『場所』は、ギリシャ的でもヘブライ的でもなかった。私が、終始、求めてきた『場所』は、一つの『非・場』(non-lieu)なのであって、それは私が幼い頃受けたユダヤ思想の影響と、後にフランスの大学で身につけたギリシャ哲学の遺産との、その両方の彼方に見出されたものなのです」

 ユダヤとギリシアの「彼方」の場所ならぬ場所「非・場」(non-lieu)とは、大地に根を下ろした定住民や安楽椅子に腰かける都会生活者の思想とは正反対の、砂漠の哲学である。どこか固定した居場所があると、それはいつしか暴力や、権力に結びつく。

 その意味で、私はつい最近、姜信子氏の近著『安住しない私たちの文化』(平成十四年、晶文社)に感銘したことを、最後にぜひ書き添えておきたい。著者の姜氏自身、国籍や民族にはこだわりを持たない(どころか、それらは有害な幻想であるとして、積極的に排除する!)新世代の在日韓国人だが、彼女が同書で取り上げている、朝鮮からシベリアへ、そして今は砂漠と草原のウズベキスタンに強制移住させられたコリョサラム(高麗人)が、日本の軍隊で生まれた「美しき天然」という歌を、自分たちの郷愁を歌うものとして、今も大切に伝えているという事実には、複雑な感動を覚えずにはいられない。「砂漠」や「草原」には一定の「場所」がない。すべてが、絶え間なく流動し、揺れ動く。それが私たち日本人の風土とは遠いものであることは否定できないけれど、「一所不在」や「遊行」の精神を実行した先人たちが、わが国にも大勢いたことは、本書で見てきた通りだ。ディアスポラ(離散)や祖国離脱は、今もすぐれて文化的、人間的な問題である。」 『異界歴程』 386-389ページ




20100821 ユング対万葉集
  
   * ヤッフェ編 河合隼雄・藤繩昭・出井淑子訳 『ユング自伝 思い出・夢・思想 1』 みすず書房


午前 データ作業 十時過ぎ、M19書庫 S・I氏より電話、書庫に搬入分古書の整理・発送作業を、午後共々作業することに/午後 S・I氏到着まで、手製本作業 P・T氏「ユング」修復とWR氏「万葉集」修復 ソフトカバー本「ユング」はすでに前週ハードカバー化済み ぼろぼろになっている正規カバーをどう処理して、修復本に結合させるか 縮小コピーを使って、表紙ラベル化してみよう 新書判「万葉集」はページ割れ激しく、一冊の本が完全に二分割されている 万力クランパと糸鋸を使って、麻糸・接着剤で結合処理、その後ハードカバー化 こちらも表紙カバーの損傷激しく、思い切って切断活用処理 うまく表紙クロスで包み込むことができた ついでにカバーの耳と余り布で栞を作ってみたら、これが悪くない どちらの手法も、今後のオプションになりそう 三時、S・I氏到着 暑い中五時過ぎまで作業 終了後、一人、南区川沿まで徒歩帰宅 ゆっくりと一時間半近くかけて 汗だく 



20100820 貧弱な事実より豊かな真実を
  
   * 前田速夫 『異界歴程』 晶文社


午前 データ作業 外伝  『異界歴程』読書/午後 登録作業 夕刻S先生より電話、買取依頼
「 史実を伝承より上位に置くのは、近代の歴史家の傲慢である。貧弱な事実より豊かな真実をだ。鏡花は彼独自の直観で、「高野聖」という白のエロスとタナトスを幻想に昇華し、奇跡の文学作品を生み出したが、それは彼が流行の西欧自然主義文学とは一線を画し、あくまで自分の感性と信念に忠実であろうとしたからだろう。「ロダンやトルストイのおせわにならないことを私はほんたうに喜んで居る」と鏡花は色紙に書いたが、それが示唆するところは、きわめて深いのである。

 現在、フランスの歴史学はブローデルの大著『地中海』に代表されるアナル学派が優勢で、単線的な近代歴史学が見落とした埋もれた歴史の掘り起こしを通じて活気を帯び、それは文学にも良い影響を与えていると聞く。私が今あえて鏡花を評価するのもその意味においてである。近代の作家のなかで誰よりも前近代的な心性の持ち主であった鏡花は、その華やかな才能と膨大な数の名作のわりに、今日文学史的な評価は低く、新派悲劇で婦女子の紅涙を絞らせるのがせいぜいだった。

 しかし、無意識のうちにも民間伝承的なものに支配されていたであろう鏡花の作品は、私たちの探求にあるヒントを与えてくれる気がしてならない。「高野聖」の孤家の美女が、妖しく気高いのは、白痴の夫がいてこそである。その白痴に「木曾のなかのりさん」を口ずさませるとは、まさに作者に神がとりつき、憑依したとしか思えない。「なかのりさん」とは直接には木曾の筏流しのことを指すが、御嶽教の神がかりする「中座」、つまり護法実(胤)、ゴンボ種の暗喩なのであった。

 してみると、鏡花がゴンボ種を知らなかったと断定したのは早計で、むしろ知っていたからこそ、逆に現実には差別を受けている土地を、神々の君臨する理想郷として、あるいは幽明の境に位置して、神異をなかだちし、死の穢れを払って、エロスに抱かれる場として、文学に描きとめようとしたのではなかったかと思えてくる。

 伝承とは不思議な働きをするものである。無味乾燥な史実より物語が優れているのは、そこに人間のドラマと願望とが詰まっているからだ、「江馬の物語」のような、家系を粉飾し、史実を歪曲するような、為にする虚偽の物語は学問上警戒しなくてはならないとしても、貴種流離譚が典型的なように、たとえ興味本位であろうが、自己正当化であろうが、そうした物語を作り、伝承するという営みのただ中に降り立って考えるとき、むしろそうした物語や伝承の中にこそ、人間の強さも弱さも、矛盾も、真実も詰まっているし、だからこそ、人は物語を必要とし、伝承を尊ぶのではないか、と認識を新たにさせられるのである。」 『異界歴程』 266-268ページ




20100819 ジャー炊飯器、壊れる
  
   * 三菱 NJ-KH10-S IHジャー炊飯器 シルバー 5.5合炊き


午前 データ作業 外伝  『異界歴程』読書/午後 登録作業 前日セリ落札分、良書多く力入る 売値一万円超は、「薔薇魔術学説 (復刻) 列社発行/冨士原清一発行 亜坂健吉編輯/復刻 函(四冊入り) 付録4頁小冊子/1977/西澤書店/20000円」、「ラングストン・ヒューズ自伝 全3冊揃 1 ぼくは多くの河を知っている 2 きみは自由になりたくないか? 3 終わりのない世界/木島始訳/初版 カバー・ビニールカバー・帯/1972-1973/河出書房新社/10000円」、「白い風 植田正治ベス単写真帖/初版 函ヤケ・イタミ・少シミ カバー 天地小口少シミ・ヨゴレ/1981/日本カメラ社/20000円」、「立川流の山車と彫刻/水野耕嗣編著/初版 函・カバー/1996/泉良/20000円」、「硝子の巻 少年工芸文庫 第六編/石井研堂 吉本康方画/初版 背天イタミ/1902/博文館/10000円」/炊事当番中、突然炊飯器壊れる 解体修理を試みるも原因不明で直らず 勤めから帰宅した妻、急ぎ圧力鍋炊飯



20100818 全身古本屋
  
   * 原一男監督『全身小説家』 DVD


午前 札幌古書籍商組合月例古書交換会(セリ市)@北海道神宮頓宮 事業部会計担当になり数か月、担当業務の大枠を理解、やっと作業ルーチンワーク化できそう 太田博太郎・清水一・長谷川尭植田正治・石井研堂等で一山、アート系(ダダ・ビート・アヴァンギャルド傾向詩集画集論集等)の一山、ゲット/午後 M19書庫 ご近所の先輩、並樹書店さんにご挨拶 帰宅昼食/「全身古本屋」になる気は毛頭ない 一方で古本屋をすることはとても面白いし、精魂込めて打ち込みたい 「~である」ことと「~をする」ことの違いは大きい be と do の違い 何ものにもなりたくないが、何でもやってみたい経験してみたい そんな精神を、五十歳過ぎてなお持ち続けている それが今だ放浪者たる所以か 半端な定住者より実り多く・金が稼げて・世間の役に立つ、立派な放浪者でありたい という精神傾向が、集書の際にも現れる となるとやはり、結果「全身古本屋」であるということなのか



20100817 独学のスズメ
  
   * 唐沢孝一 『早起きカラスはなぜ三文の得か 都市の野鳥誌』 中公文庫


午前 先週利尻で一緒だった弟は最近朝四時起床の習慣だと 2010FIFAワールドカップTV早朝視聴で早起きが癖に 田原も利尻から帰って、六時には目が覚める 某女史は寝るにも体力が必要と主張していたが、本当にそうなのかも 加齢か まあ良かろう 外伝、利尻行写真アップ 次女の夏休み自由研究「カリンバ遺跡」レポート、製本化を手伝う 四つ目綴じ 十時半、徒歩で地下鉄真駒内駅、西18丁目駅・M19書庫 昨日の引取分整理・札幌セリ出品準備作業/午後 定例うどん屋のパティオで昼食後、作業継続 三時、S・I氏来訪 五時、作業終了 ご苦労様でした 七時、運送業者さん来訪、出品分積込 妻に車で迎えに来てもらい帰宅 発送作業・南郵便局/利尻滞在時から、前田速夫 『異界歴程』(晶文社)読書継続中 新潮社の名編集者による「白山信仰」探求紀行文 学者さんの本ではない分読み易い 巻末対談は谷川健一氏と 「独学のすすめ」、励みになる



20100816 それぞれの「僕らはみんな生きている」
  
   * 滝田洋二郎監督 『僕らはみんな生きている』 DVD


午前 データ抹消登録作業/午後 一時半、車でS・I氏方 共同で古書買取 運送業者さんと三人・車二台で江別市某所Mさんの許へ 午後二時半、某大学某研究室 梱包積込作業終了後、江別市大麻某所へ いつか見た住宅街の風景 それもそのはず、路地奥突当りは高校時代よくお邪魔した同級生O君のお宅だった M氏ご子息はO君の息子さんとお友達なのだとか 約三十五年振りの街並 不思議な感じ 自分自身・世界全体、すべて変わったような何一つ変わっていないような O君は定住し続け、田原は放浪を続ける 積込み作業終了 Mさん多謝 札幌・M19書庫へ 書籍搬入後、ひとまず近所のそば屋で夕食 食後、東京セリ分・札幌翌々日セリ分、大雑把に整理 午後八時近く、本日の作業終了 明日本格整理 S・Iさん多謝/杉吉貢さんから「墨絵展」ご案内葉書 8月24日~30日ギャラリー門馬ANNEXにて 杉吉氏も同級生 それぞれの「僕らはみんな生きている」


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