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大丈夫日記 札幌・妖怪チャリ洗い~なぜ、なぜ、死ぬか、か・20100905-0830

20100905 妖怪チャリ洗い
  
   Azukiarai (小豆洗) from the Ehon Hyaku monogatari (絵本百物語)


午前 データ作業 NHK 「日曜美術館」「島とアートを巡る冒険~瀬戸内国際芸術祭2010~」 瀬戸内海に浮かぶ7つの島などで開催された芸術祭の模様 良さげ 利尻もなんとかすれば、と思う と、ひとごとのように言うのもどうか、とも思う ので、田原の活動の最終ステージは、利尻島御崎の、田原家伝来の澗から紺家の鰊場袋澗にかけて、海岸線上のランドスケープアート制作・展開になる、と言っておこう 本格化するのは還暦を過ぎて、二つのキン力(筋力と金力)が整っての話だけど イメージはすでに頭の中に あとは見取図・行程表を作り、現実化・顕在化するだけ 次女の自転車のブレーキ泣きが酷いので、ベランダでメンテクリーニング 年々、整理整頓と掃除が苦にならなくなっている気がするが、これも一種の老化現象か 妖怪チャリ洗いはついでに自分のマウンテンバイクも掃除/午後 その自転車で、M19書庫 手製本作業、布裏打ち5枚/夜 発送作業 南郵便局



20100904 ブックカフェ札幌絵日記
  
   * バーナード・リーチ 柳宗悦訳 水尾比呂志補訳 『バーナード・リーチ日本絵日記』 講談社学術文庫


午前 データ作業 外伝 ホーマック西岡店で書棚購入後、M19書庫 2001~2400番古書、収納作業/午後 昼食の時機を逃し、二時過ぎいつものうどん屋へ行くと既に店じまい 食べ物屋を求めてしばし西18丁目駅周辺を徘徊 好天 夏は去った 裏参道入ってすぐのオーガニック系パン屋に寄り、コンビニでガラナ 書庫内食 パン値段高し、でもなんだか優しくて美味しい 近辺歩いてみて気付くのは、パン屋と花屋が多いこと 女性客向けのブックカフェをやったら面白いかも 円山公園駅には「Brown Books Cafe」、反対方向には「書庫303」、もうちょっと先には「アダノンキ」 それぞれ西26・西15・西6丁目 となると西20辺りが狙い目か?/夜 サッカー、キリンチャレンジカップ、日本対パラグアイ戦TV観戦 選手達にWC常連国代表としての自覚・自信・技量が備わった感 ザッケローニ監督にも注目/バーナード・リーチ著・柳宗悦訳 『日本絵日記』(毎日新聞社 1955)読書開始



20100903 批評と解釈
  
   * 宇佐美承 『新宿中村屋 相馬黒光』 集英社


午前 データ作業 外伝 『アジア女性交流史 明治・大正期篇』読了 筋トレ/午後 発送作業 南郵便局 登録作業 夕食のカレー作り/赤松啓介 『夜這いの民俗学』に柳田國男一派を痛烈批判する箇所があり、その文中に「事実を列挙するという名の下で解釈を先行させている」36p という鋭い指摘 山崎朋子氏の『アジア女性交流史 明治・大正期篇』も、その傾向が強いのでは 女性対男性・日本対アジア等々、かくあるべきという理想・大義・図式がまず先にあって、それに適うか適わないかの解釈が続く 対して、『夜這い』は解釈を超え、立派な批評になっている 「批評と解釈」については今だ、ここ二三年、考え中 世間で批評とされているものの大半は解釈止まりという感じを持つ 批評は公、解釈は私 批評は対象物を活かして生かし、解釈は対象物を殺してから行う 相馬黒光に興味を持てたのが収穫 公の人 新宿中村屋を創業経営することで、世界・同時代を批評した



20100902 いよいよよばいいくいいばよよいよい
  
   * 赤松啓介 『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』 ちくま学芸文庫


午前 データ作業 外伝 『アジア女性交流史 明治・大正期篇』読書 131pにエドワード・カアペンタア 富田碎花訳 『カアペンタア詩集』(新潮社 1921)の参考に/午後 登録作業 M19書庫 「きゅうりとしらす干しのもみ漬け」/買取分に赤松啓介 『夜這いの民俗学』 (明石書店 1994)発見 ハマって一気読み 上記読書のもやもや感吹き飛ぶ、爽快感開放感 ときに赤松氏の「関西ノリ」に爆笑 山崎朋子氏的解釈、日本女性は大方押し付けられた状況下で貧しく、男性社会の被支配者で被搾取者でしかなかったというような、に対して、開放された性意識(と書くのも馬鹿馬鹿しいが)が自主的自然発生的に生んだ、共同体維持発展継続のための巧みな仕組みがあり、その中で日本女性は解放されていた(ので男も解放されていた)という解釈かと からゆきさんらの方が山崎氏より開放されていた可能性もあるのでは 夜這い回文、「いよいよ夜這い行く いい場よ 「良い、良い」」



20100901 小泉進次郎顔の小沢一郎
  
   * 山崎朋子 『サンダカンまで わたしの生きた道』 朝日新聞社


午前 データ作業 外伝 山崎朋子 『アジア女性交流史 明治・大正期篇』読書 筋トレ/午後 登録作業 M19書庫 発送作業/夜 南郵便局 猛暑続く/菅・小沢 小沢氏がもし小泉進次郎顔だったら、世の中どうなっていたか まああの顔でこその小沢一郎なんだろうけど 政策論議をするなら、政治家こそ忍者ハットリくんのお面を被って討論すべきか でも表情が言葉よりも雄弁なことも多々あろう 選挙民はそれでもってもろもろ判断する(しかない)し 勝敗がどちらがどうであれ、結果政界再編して、単純で機能的な二大政党が生れればと思う 財政緊縮党対財政出動党的に こちらはいずれにしても、選挙があれば投票に行ってどちらかを選択する、払うべき税金は払う、必要以上に儲かったら(あるのかそんなこと…、笑。いや、頑張ろう!)その余剰を、金銭的時間的肉体的に、社会貢献に回す、しかない 勉強し、働き、楽しむ、どの階級にも属さないし、搾取されもしもしない



20100831 ヘレン・ケラーと荒川修作の世界
  
   * マドリン・ギンズ+荒川修作 渡部桃子訳 『ヘレン・ケラーまたは荒川修作』 新書館


午前 データ作業 外伝 『なぜ、死ぬか』読了 問い「なぜ、死ぬか」は、問い「なぜ、生きるか」に他ならない、という結論か ならいつも自問自答していることかも ワトソンとクリックの二重螺旋構造の発見(1953年)は画期的なことであったとの記述には痺れた 「DNAの遺伝記号が、ウィルスやバクテリアから人間にいたるまで、地球上すべての生物に共通しているということだ。(中略)もとをたどっていけば、同じ祖先から始まっていることになるのだ。(中略)なぜかこの事実は一般の人の生命観には大きな影響を与えていない。」93-94p 個人の生死の意味は相対化希薄化されたが、世界の美しさ精妙さは増した、そしてそれは悪いことではない、という感じを田原は持つ 生命誌の中に生きていない者はいないのだから/午後 『健康漬け物』参考に「大根の大阪漬け」「なすとにんじんの生じょうゆ漬け」 登録発送作業/夜 七時円山某所、T氏買取 八時M19書庫、買取品整理 南郵便局
「 ヘレン・ケラーの世界

 しかし、目で見ていると思うわれわれの認識が、必ずしも「正しい」とはいえないだろう。自然科学的な世界観とは、われわれ多くの人間が正しいと認めるものだが、三重苦の聖女といわれたヘレン・ケラーが、それを認めるかどうかはわからないのだ。

 前述した量子物理学者ニールス・ボーアは、たまたまヘレン・ケラーと太平洋横断の同じ船に乗り合わせ、いろいろな"会話"を通じて、お互い大いに啓発されたという。

 これは、私の尊敬する在来の世界的画家の荒川修作さんにきいた話であって、彼もヘレン・ケラーの世界に強い関心をもっている。おそらく彼は、われわれがふだん目にしているものを実在とは見ていないのではなかろうか。そうでなく、もしヘレン・ケラーがカンバスに向かったとすれば、どういう絵を描くのかということが頭にある。つまり、われわれに見えない世界がヘレン・ケラーにはあると考え、その世界を知りたいというのだ。もしかすると、そちらの世界が本当で、われわれが今、目にしている世界のほうが嘘ではないかというわけである。

 それについて詳しく書かれた荒川夫人で詩人でもあるマドリンさんの『ヘレン・ケラーと荒川修作の世界』という近著を、早く見たいものである。

 荒川さんは、ボーア学派のドイツの量子物理学者ハイゼンベルクと、絵画をめぐって深い論議をしている。私も自然科学者として、現在のわれわれがつくり上げた自然科学的認識が本当かどうかに、疑問を抱いている。もはやわれわれは、自然科学的認識に「毒されている」のではないかと。」 『なぜ、死ぬか』 131-133ページ




20100830 なぜ、なぜ、死ぬか、か
  
   * 宮本常一 『忘れられた日本人』 岩波文庫


午前 データ抹消更新作業 外伝 井上清 『新版 日本女性史』(三一書房 1967)読書開始も、どうにも上から目線と思考停止語(階級・搾取・闘争等)が気になり中止 多様性・開放性を感じさせない本 例えば無理矢理一方的・一面的な「公式」に当て嵌めれば、渋沢敬三は支配階級の搾取者の最たるもの、宮本常一や網野善彦はそれにタカル食客ども? いや世の中そんなに単純なわけがない 宮本常一「土佐源氏」のような「女性史」は、井上氏には書けない理解できない認められないのではないか 41頁高群逸枝に関する記述 筋トレ/午後 データ登録作業 札幌最高気温34度 今年一番の暑さ、やれやれ 『健康漬け物』(緒方出版 1985)を参考に夕食の一品「きゅうりの炒め漬け」 井上氏はご自身の家事全般どう処理されたのか 高群氏のように「愛のパートナー」が存在したのか/夜 発送作業 M19書庫・南郵便局 渡辺格 『なぜ、死ぬか』(同文書院 1993)読書開始
「 答えは出せない

 実は、われわれは他人の死しか語れない。私を長い間苦しめていた死の恐怖も、私自身が虚弱体質だったことや、母が神仏を信じなかったことのほかに、肉親や身近な人間の死を数多く見てきたことにも原因があったのだ。人は決して、自分の死を直視できるわけではない。それは不可能なのだ。

 われわれは、実際には誕生も死も意識できない存在だ。生まれてくるところや死ぬところを見られるのは他人についてばかりで、自分の誕生や死を見ることはできない。

 とすれば、死を理性的に考えるのは無意味なことになる。それによって起こる死への恐怖は、架空のものでしかないからだ。他人の死と自分の恐怖とを、入れ違えて考えているからだ。

 しかし、たとえそうであっても、観念的な死の恐怖は存在し続ける。むしろ架空のものだからこそ、解決されることのない恐怖として残り続ける。ふだんは意識の片隅に追いやられていても、何かのはずみでそれが現れたとき、救いようのない恐怖に陥るのである。

 なぜ、死ぬか。だれもが一度は取り憑かれる疑問だが、やがてまた忘れられる疑問でもある。答えが出せないからだ。しかし、本当に答えの出ないことなのだろうか。死の恐怖は、忘れることでしか解決できないのだろうか。むしろ、恐怖を受け止めながらも正面から死を見詰めることのほうが、人間として大切なのではないだろうか。私は現代こそ、そういう時代ではないかと思っている。」 『なぜ、死ぬか』 33-34ページ



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