20101116 賢者の言葉・山口昌男 『「挫折」の昭和史』・「おわりに―甘粕にはじまり石原に終る」より
『「挫折」の昭和史
「歴史の流れの中には、それぞれの時代において、秘かに、時には言葉を介しないで生きられるプラクシス(行為の規範)が存在する。時にはそれは無意識を介して共鳴しあったり共有されたりする。充分言葉にならない神話のようなものであるかも知れない。戦前の昭和は、大正から、そのような感受性を受け継いだ。
しかし、戦前昭和の公的言説体系は、そうした感受性を挫折に追いやる方向で構築され、それは方向を変えて戦後にも行き続けた。敗戦までの昭和は、これまで検討して来たように、昭和モダニズムに見られるようなこの時代が育んで来た最良質の部分を挫折させることにより、自らの可能性を断ってしまった。従って、戦争に敗北することによって招来した破滅を、我々は「挫折」と区別して使いたい。この二つを混同してはならない。我々の使う意味での「挫折」とは、あくまでも、より良質の知的・芸術的可能性の開花が妨げられることであり、権力の上に立つことに失敗するといった世俗的事象とは殆ど無関係である。従って、その生涯に同情的であっても、また人間としての魅力を認めても、我々は甘粕正彦の挫折ということは口にしない。
今日、我々が「挫折」を介して見つめようとするのは、控え目で壊れやすい知のネットワークの、殆ど神話的と言ってよいつながりであると言えるのかも知れない。つまり、時代の挫折した部分の検討を通して、はじめて昭和が何であったのかということが少しずつ明らかになって来るのである。さらに言い換えれば、藩閥体制の呪縛を払いのける可能性の在りどころが見えてくるのである。」(337-338ページ)
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